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お客様の要求に応える「誠意」。
開発への「チャレンジ」。
品質を向上させる「情熱」。
低価格と標準化への「こだわり」。
鈴木製機に脈々と流れるDNAの結晶がポーリフトです!

ここでは、鈴木製機のポーリフト誕生秘話をコラム形式で連載いたします。
(毎月更新)

第1章:製品の平準化こだわりの原点(9月号)

8月25日、今朝も南茨木駅から歩いて3分の大阪営業所に出社すると、昇降機の注文FAXが7枚届いていた。今月になって既に61台の受注。営業部員3名、製造・工事担当2名の大阪営業所の許容数はとっくに超えていた。

バブル経済真っ只中の1986年、鈴木製機は昇降機業界で大躍進をしていた。大阪・東京・中部営業所へは毎日のように注文FAXが届き月間受注台数が100台を超えていた。その立役者となったのは、カタログ。大手機械商社が発行している機械工具商向けの専門カタログ集へポーリフトを掲載したことが契機だった。

今朝のFAXは、クリーニング工場からだった。早速、電話を掛け9時には現地調査へ着いた。バラックとも言えるボロ工場に驚いた。一時的に建てたかと思われる粗末な木造作りの工場。1階で洗濯物を洗い、2階でアイロンを掛け、また1階で包装する。「毎月、生産量が増加し、とても人では運びきれない。」と社長は好景気に顔を綻ばせていた。現場計測を終えるや否や、昨日注文を貰っていた自動車の修理屋へ車を走らせる。修理車両が表の駐車場に所狭しと並んでいる。順番が来た車両は工場の1階へ入庫される。2階に保管されている部品を1階へ下ろす作業が繰返し行われていた。
昼飯も食わずに3件目へ。ここは比較的大きな納豆メーカーの工場。納豆の生産・梱包ラインへコンベアを搭載した自動運転の昇降機を納入し、今日がその初稼働日だった。無事稼働していることを確認すると、ほっと安心するとともに、仕事をやり遂げた満足感と感慨が湧いてくる。
7件のお客様を回り終え、営業所へ戻ったのは21時。現場計測の結果をまとめ、本社へ製品を発注し、工事の手配を終え、帰路に就いた時には深夜0時を回っていた。怒涛のごとく過ぎていく日々だが、誰ひとり弱音を吐くものはいなかった。ポーリフトが売れる喜びが勝っていた。
注文するお客様の大半は中小企業の工場。バブル景気で生産量が増加。人手が足りず省力化したいという中小企業の社長の悩みを鈴木製機のポーリフトは見事に突いたのだった。

第1章:製製品の平準化こだわりの原点

3か月に1度、鈴木製機では、営業と製造の合同会議が開催される。11月10日の合同会議の席上で、加藤は大阪営業所の成績を発表した。3つの営業所の中でトップの業績に胸を張った。特に、規制品のままでは導入できなかった、納豆メーカーへの自動化対応昇降機の納入を得意げに報告した。従来の自動化対応昇降機は価格が高く中小企業には導入が困難だった。それを簡易なポーリフトを改造することで、安価な自動化機器を作り上げたのである。
ところが、報告を終えたところで鈴木社長からの罵声が飛んだ。「君は、試行錯誤してできた製品をカタログに加えて売ろうとは思わなかったのか。それを欲しいと思っている企業が他にもあったとは考えなかったのか。手間が掛かり時間もかかる製品はダメだ。その苦労を糧にして同じ悩みを抱えた多くの企業を救うことが営業の役目である。」「他社でもほしいと、受注チャンスがあったかもしれない。こういう機能を付けたから便利ですよ、と言うことができていれば、ラインナップに加えられた製品があったかもしれない。簡易で安価な自動垂直搬送と言えば、鈴木製機となったかもしれない。」

第1章:製製品の平準化こだわりの原点

高度成長時代からバブル経済時代にかけて、日本の製品メーカーは、量産体制を築き成長した。同じものを大量に作ること、それが美徳とされていた。
その中で、鈴木製機は、敢えて品揃えを豊富にした。一見、世の中の流れに逆行しているように見えた。

鈴木製機には、設計者が少なかった。個別に設計する力が無かった。製造メーカーにとっては致命的な欠陥だった。そんな折、鈴木社長はデータを入力すると設計できるシステムがあることを知る。サイズ、容量、搬送する階数を入力すると図面が出来上がる。このシステムを応用し鈴木製機で使うことが出来れば、設計力不足は解消できる。と考えた。しかしながら、工場のレイアウトや用途は多種多様。画一的な標準化では顧客ニーズに当て嵌らない。そこで、用途毎の標準化を考え付くに至ったのである。結果、品揃えが豊富になった。

優秀な設計者が100人いたら、お客様の言うとおりに設計図を書き、カスタマイズができたがそれはできない。限られた設計者の中で、いかにしてお客様の要求に最大限応え得るようにするか。経営資源の科学。そう、科学の領域まで踏み込まなくては、設計図の自動化・製品の標準化は、実現出来なかっただろう。

加藤が合同会議で叱咤された一幕は、そんな鈴木社長のこだわりの象徴である。お客様の用途に関する報告には口うるさい。ユーザーフレンドリーこそが鈴木製機を強くすると考えていたからである。カスタマイズにより製品価格が高額になってしまっては、昇降機市場は大きく広がらない。標準化によってコストを下げ、導入スピードを上げ、中小企業が困ったときに直ぐ導入できることこそ、自社の役目だと考えていた。

次回、「第2章:鈴木製機の誕生」 (10月更新予定)

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